「2時間ドラマの女王」として長年お茶の間に親しまれ、近年もドラマ『凪のお暇』や『罠の戦争』などで存在感を示す女優・片平なぎささん。代表作『赤い霊柩車シリーズ』や、鮮烈な印象を残した『スチュワーデス物語』など、数々の作品で活躍されています。
そんな片平さんですが、実は中学3年生の時にオーディション番組『スター誕生!』で合格し、芸能界入りを果たしています。多くの芸能人を輩出している堀越高校の出身であることも知られていますが、多感な学生時代をどのように過ごし、学業と芸能活動を両立させていたのでしょうか?
この記事では、片平なぎささんの出身高校や大学進学の有無といった学歴情報を詳しく掘り下げます。転校が多くいじめに悩んだ小学校時代、友人の代役で出場したオーディションの秘話、苦手だったという歌手活動から女優へ転身したきっかけ、そして堀越高校での同級生との交流まで、片平さんの知られざる学生時代のエピソードをまとめました。
華やかな世界の裏にあった苦悩や努力、そして現在の活躍につながる原点を探っていきましょう。
片平なぎさの学歴まとめ(高卒)
まずは、片平なぎささんの学歴を小学校から順に、デビューのきっかけなども含めて見ていきましょう。
出身高校は名門・堀越高校(芸能コース)
片平なぎささんの出身高校は、東京都中野区にある堀越高等学校です。 多くの芸能人を輩出していることで知られる名門校ですね。
片平さんは、芸能活動をしながら学業にも対応できる「芸能活動コース(現在はトレイトコースに名称変更)」に在籍していました。当時の偏差値は37程度とされていますが、学力よりも芸能活動との両立を重視する生徒が多く集まる特殊なコースです。
古くから芸能コースを設置しており、卒業生にはそうそうたる芸能人が名を連ねています。
大学に進学しなかった理由:女優業への道を選択
堀越高校を卒業後、片平なぎささんは大学には進学していません。
当時の女性アイドルの多くが高校卒業後に芸能活動に専念するケースが一般的だったこともありますが、片平さん自身、高校在学中から女優としての活動も始めており、卒業後は本格的に女優業へ進むことを決意していたようです。
歌手活動には苦労を感じていた一方で、演じることへの手応えを感じていたのかもしれませんね。
歌手デビューから女優転身への知られざるきっかけ
片平さんは中学3年生の時にオーディション番組『スター誕生!』に合格し、1975年1月にアイドル歌手としてデビューしました。
しかし、本人は歌が苦手だったようで、後年のインタビューでは「歌唱力がなくて、いつも仕事場には行きたくなかった」「いつも辛そうに歌っていた」と当時の苦悩を語っています(出典:ZAKZAK、夕刊フジ)。
歌手としては大きなヒットに恵まれませんでしたが、同じホリプロに所属していた山口百恵さんの存在が大きかったようです。「山口百恵さんがいたおかげで、ドラマや映画などの仕事が後輩の私に入ってきたんです」とも明かしており、これが女優業への道を開くきっかけの一つとなりました。
片平なぎさの高校時代のエピソード
芸能活動と学業を両立させた堀越高校での3年間。片平さんはどのような高校生活を送っていたのでしょうか。友人関係や当時のエピソードを見ていきましょう。
榊原郁恵、山口百恵との深い絆:同級生・先輩との交流
堀越高校での同級生には、タレントの榊原郁恵さんや女優の大場久美子さんなどがいます。 特に榊原さんとは同じホリプロ所属だったこともあり、当時から仲が良く、現在でも親友の間柄だそうです。高校時代にはバラエティ番組で共演したこともありました。
また、同じホリプロ所属で1学年上(同い年)だった山口百恵さんとも非常に仲が良く、妹のように可愛がられていたといいます。前述の通り、仕事面でも山口さんの存在が片平さんを支える大きな力となっていたようです。
苦手だった歌手活動と、女優デビュー作『青い山脈』
高校時代もアイドル歌手としての活動を続けていましたが、ヒット曲には恵まれず、本人は歌への苦手意識から辛い日々を送っていたようです。
その一方で、高校1年生だった1975年には、東宝映画『青い山脈』で女優デビューを果たします。主演の三浦友和さんの相手役というヒロインに抜擢され、演技の世界に足を踏み入れました。
この経験が、後の本格的な女優転身への布石となったのかもしれません。
学内での様子と当時の意外な夢「お嫁さん」
学校での片平さんは、「学校じゃ子供っぽい方なんですよ」と自身でコメントしていたように、等身大の高校生らしい一面もあったようです。芸能活動で多忙な中でも、学園生活を送っていたことがうかがえますね。
ただ、当時は女優業を長く続けていくことは想像できなかったようで、将来の夢は「お嫁さんになること」であり、「20歳で結婚をして芸能界を引退します」と公言していたという意外なエピソードも残っています。
中学・小学校などその他の学歴
芸能界入りのきっかけとなった中学時代や、引っ越しが多く少し寂しい思いもしたという幼少期についても振り返ってみましょう。
出身中学(品川区立荏原第二中学校)と『スター誕生!』合格秘話
片平さんの出身中学校は、品川区立荏原第二中学校です。(この中学校は統合を経て、2016年より品川区立荏原平塚学園となっています。) 中学時代はバレーボール部に所属していたそうです。
芸能界入りの大きな転機となったのが、中学3年生の時。オーディション番組『スター誕生!』に出場し、合格します。 しかし、その出場経緯は少し変わっていて、もともと応募していた同級生が出場直前に怖気づいてしまい、学芸会で主役経験のあった片平さんが急遽代役として出場することになったのだとか。
合格したものの、本人は歌手になる気はなく、父親も芸能界入りに反対。最終的には「3年間だけ」という約束で、1975年に歌手デビューを果たしました。
小学校時代の転校といじめ体験:内向的だった幼少期
片平さんは大田区立高畑小学校に入学しますが、小学1年生の1学期に品川区立中延小学校に転校しています。 実は、幼少期は父親の仕事の関係で富山、新潟、福島などを転々とし、小学校入学後も引っ越しを経験。転校が多く、行く先々で「転校生」としていじめに遭い、毎日泣いていたと語られています。
両親が共働きで鍵っ子だったこともあり、内向的な性格で友人も少なく、唯一の楽しみは家で手乗り文鳥と遊ぶことだったそうです。あまりの寂しさに、小学3年生の時には母親に「仕事を辞めて家にいてほしい」とお願いし、母親はそれに応えてくれたといいます。
当時の将来の夢は、学校帰りに優しく声をかけてくれる「みどりのおばさん(学童擁護員)」になることだったそうです。
学歴から見える片平なぎさの人物像とは?
これまでの学歴や学生時代のエピソードから、女優・片平なぎささんの人物像や魅力の源泉を探ってみましょう。
逆境を乗り越える芯の強さと、女優としての才能開花
幼少期のいじめ体験や、苦手意識を抱えながら続けた歌手活動など、片平さんの学生時代は決して順風満帆ではありませんでした。しかし、そうした逆境を乗り越えてきた経験が、彼女の芯の強さを形作っているのかもしれません。
特に、ドラマ『スチュワーデス物語』で演じた悪役が大ヒットした際には、街で「魔女」「バケモノ」などと罵声を浴びせられたり、石を投げられたりすることもあったといいます。それでも女優としての道を歩み続け、自身の才能を開花させていきました。
学歴に頼らずキャリアを築いた「2時間ドラマの女王」の実力
堀越高校卒業後、大学へは進学せずに芸能界一本で勝負する道を選んだ片平さん。学歴という肩書に頼るのではなく、自身の演技力と努力で着実にキャリアを積み重ねてきました。
その結果、「2時間ドラマの女王」と呼ばれるほどの確固たる地位を築き上げたことは、彼女の実力を如実に物語っています。学生時代を知る人が「真面目で勉強もよくできた」と語るように、誠実な人柄や周囲への気配りを欠かさない姿勢も、長く第一線で活躍し続ける理由の一つでしょう。
まとめ
今回は、女優・片平なぎささんの学歴と、その背景にあるエピソードをご紹介しました。
- 出身高校は堀越高等学校(芸能コース)
- 大学へは進学せず、女優業に専念
- 小学校・中学校時代は転校やいじめ、苦手な歌手デビューなど苦労も経験
- 榊原郁恵さんや山口百恵さんなど、多くの出会いに支えられた学生時代
- 逆境を乗り越える強さと努力で、「2時間ドラマの女王」へ
内向的だった少女が、様々な経験を経て国民的な女優へと成長していく姿が見えてきましたね。学歴だけでは測れない、片平なぎささんの人間的な魅力と実力が、長年にわたる活躍を支えているのでしょう。
今後のさらなる活躍も楽しみに応援していきたいですね。











