今回は、お笑いトリオ「ハナコ」の司令塔であり、その独特な世界観のコントで私たちを魅了する秋山寛貴さんについて、わたくし佐藤まことが彼の知られざる学歴の物語を紐解いていきます。
2018年に「キングオブコント」で王者に輝いた実力派として知られる秋山さんですが、実は美大に合格するほどの画才を持ちながら、その道を自ら断ってお笑いの世界に飛び込んだという、異色の経歴の持ち主なのです。
人前に立つのが苦手だった引っ込み思案な美術少年が、なぜお笑い芸人を目指すことになったのか。そして、高校時代に3年間没頭したデッサンの経験が、現在の緻密なコント作りにどのように活かされているのか。この記事では、秋山さんの学生時代のエピソードから表現力の原点までを辿り、彼の才能の根源に迫ります。一見、回り道に見える彼の選択が、いかにして現在の成功に繋がったのか、その感動のストーリーをぜひご覧ください。
秋山寛貴のプロフィール|最新出演作は『ブラック・ショーマン』!
まずは、秋山寛貴さんの基本的なプロフィールをご紹介します。ハナコのツッコミ担当であり、ネタ作りの中心を担う才能あふれる芸人さんです。
基本情報
- 生年月日: 1991年9月20日(34歳)
- 出身地: 岡山県岡山市北区
- 身長: 163cm
- 血液型: O型
- 所属事務所: ワタナベエンターテインメント
2014年に菊田竜大さん、岡部大さんと共に「ハナコ」を結成。その4年後である2018年には、見事「キングオブコント」で優勝を果たし、一躍トップ芸人の仲間入りをされました。
近年では活動の幅を広げ、2025年9月12日公開の映画『ブラック・ショーマン』で俳優デビューも飾られています。有村架純さん演じるヒロインの同級生役ということで、どのような演技を見せてくれるのか、非常に楽しみですね。
秋山寛貴の学歴まとめ|出身小学校から高校は総社南高校まで!
美術の道とお笑いの道、二つの才能の間で揺れ動いた秋山さんの学生時代。そのユニークな学びの軌跡を見ていきましょう。
出身小学校:岡山市立庄内小学校
秋山さんの出身小学校は、地元の岡山市立庄内小学校です。この頃から絵を描くことが大好きで、図工の成績が一番良かったと語っています。将来は美術の先生になることが夢だったそうです。
出身中学校:岡山市立高松中学校
中学校は、岡山市立高松中学校に進学。中学時代は剣道に打ち込み、高松剣道スポーツ少年団で6年間稽古を重ね、二段の腕前を持つほどの実力者でした。団体戦では副主将を務めましたが、補欠だったというエピソードに、真面目だけれど少し控えめな人柄がうかがえます。
出身高校:岡山県立総社南高等学校は偏差値50の普通科美術工芸コース
高校は、岡山県立総社南高等学校に進学されました。偏差値は50で、秋山さんは美術の先生になる夢を追いかけるため「普通科美術工芸コース」を選択。ここで3年間、デッサンなどの専門的な美術教育を受けることになります。
出身大学:進学せず(ワタナベコメディスクール12期生として芸人養成所に進学)
高校卒業後は大学には進学せず、ワタナベコメディスクール(WCS)に12期生として入学し、本格的にお笑い芸人への道を歩み始めます。美大を目指していた彼がなぜ進路を大きく変更したのか、その裏にはドラマチックな物語がありました。
秋山寛貴が俳優を目指したきっかけは高校3年時のワタナベ事務所オーディション合格
もともと人前に立つのが大の苦手だったという秋山さん。そんな彼がお笑いの世界に足を踏み入れるきっかけは、高校時代にありました。
高校1年生の時、幼なじみに誘われて出場した「M-1甲子園」が最初の転機となります。そして高校3年生の時、別の同級生と組んだコンビで挑んだ大会で、なんと中国・四国予選で優勝。この「人生で初めての1等賞」という成功体験が、彼の心に大きな自信を植え付けました。
そして運命の歯車が大きく動いたのが、高校3年の12月。ワタナベエンターテインメントの高校生オーディションに、本人は「見学するつもり」で参加したところ、まさかの合格を果たしてしまったのです。
この時の心境について、秋山さんはこう語っています。
「本当は美大を目指すための、普通科美術工芸コースというところにいたんですけど。そこでデッサンとかを3年間ワーッと頑張って、大学受験も進んで、18歳の最後の3月に『ごめんやっぱお笑い芸人になります』って」
美術の道か、お笑いの道か。18歳の青年の大きな決断が、後のキングオブコント王者を生み出すことになったのです。
秋山寛貴の学生時代のエピソード|「こんなに薄い油絵は見たことがない」と言われた引っ込み思案な美術少年
秋山さんの内向的な性格を物語る、象徴的なエピソードが高校時代にあります。
美術工芸コースには、当然ながら個性豊かな生徒たちが集まります。その中で秋山さんが描く油絵は、先生から「こんなに薄い油絵は見たことがない」と評されるほど、繊細で控えめなタッチだったそうです。
対照的に、クラスの人気者だった同級生の絵は「めっちゃめちゃ濃かった」とのこと。このエピソードは、後のエッセイ集のタイトル候補にもなったそうで、いかに彼の学生時代の人柄を表しているかがわかりますね。
中学時代には剣道部の団体戦で副主将ながら補欠だったという話からも、彼の真面目さと、少し引っ込み思案な一面が垣間見えます。そんな彼が、大勢の観客の前でコントを披露する芸人になったのですから、人生とは本当に面白いものだと感じます。
秋山寛貴の演技力の原点|デッサンで培った観察力と映画館アルバイトで基礎を築く
ハナコのコントが持つ独特のリアリティと面白さは、どこから生まれるのでしょうか。その秘密は、秋山さんが高校時代に培った「デッサン力」にありました。
彼は、「デッサンで培った『疑いながらちゃんと見るクセ』は、今、コント作りにも生きている」と明言しています。例えば「りんごを描け」と言われた時、多くの人は先入観で赤い丸を描きます。しかし美術の授業では、光の当たり方や影、形がいびつであることなど、対象を徹底的に観察することを学びます。
この「先入観を捨てて物事の本質を捉える」という訓練が、日常に潜む「あれ?」という小さな違和感を見つけ出し、それを秀逸なコントネタへと昇華させる力になっているのです。まさに、美術教育が彼の芸の根幹を支えていると言えるでしょう。
また、上京後に立川の映画館でアルバイトをしていた経験も、彼の表現の幅を広げる一助となったようです。このアルバイト先が、奇しくも後の俳優デビュー作『ブラック・ショーマン』の舞台挨拶の場所になるというのも、運命的なものを感じずにはいられません。
秋山寛貴の学歴は俳優業にどう活かされている?美術教育が生んだ独特の表現力
秋山さんにとって、美術を学んだ3年間は、彼の人生そのものを形作る重要な土台となっています。
進路変更の際には、美術の先生から「あんなにデッサンも頑張っていたじゃないか、考え直せ!」と強く引き止められたそうです。それほど真剣に取り組んでいた美術への情熱が、今はお笑いや俳優業という形で、見事に花開いているのです。
デッサンを通じて身につけた対象を深く観察する力は、コントのキャラクター設定やシチュエーション作りに直結しています。彼の生み出すネタが、なぜか「あるある」と共感を呼ぶのは、この鋭い観察眼があるからに他なりません。
そして、2023年には初のイラスト作品集「#秋山動物園」を発売し、「いつか絵の仕事ができたらいいな」という小学生の頃からの夢も叶えられました。美大への道は選びませんでしたが、美術で培った感性は決して失われることなく、彼の活動のあらゆる場面で輝きを放っています。その表現力は俳優業にも存分に活かされ、彼のキャリアをさらに豊かなものにしていくことでしょう。
まとめ
今回は、ハナコの秋山寛貴さんの学歴と、そのユニークな経歴が現在の活動にどう繋がっているのかを追ってきました。
引っ込み思案だった美術少年が、M-1甲子園での成功をきっかけにお笑いの道へ。美大への進学を辞退するという大きな決断の裏には、新たな表現への強い渇望があったのだと感じます。そして何より心を打たれたのは、彼が美術の学びを全く無駄にしていないことです。
デッサンで培った「物事を疑い、本質を見る力」が、キングオブコント優勝という最高の結果に結びついたという事実は、どんな経験も自分の未来を切り拓く力になり得るということを教えてくれます。わたくし佐藤まこととしても、彼の歩みから大きな勇気をもらいました。俳優としても新たな一歩を踏み出した秋山さんの、今後のさらなる活躍を心から応援しています。


