【原日出子の学歴】専門学校中退で劇団四季へ!偏差値47の高校から朝ドラヒロインになった意外な軌跡

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この記事では、女優・原日出子さんの出身校(専門学校・高校・中学校・小学校)や学生時代のエピソード、芸能界デビューのきっかけなどを詳しくご紹介します。華やかな経歴の裏にある努力や決断にも触れていきます。

女優として数々のドラマや映画で活躍し、その温かい人柄でタレントとしても人気の原日出子さん。 1981年のNHK朝ドラ『本日も晴天なり』でヒロインを務め、一躍国民的な女優となりました。

そんな原さんの学歴、特に専門学校を中退して劇団四季の研究生になったという経歴に注目が集まっています。 高校卒業後、なぜ専門学校へ進み、そしてなぜ中退という道を選んだのでしょうか?

この記事では、原日出子さんの出身校の偏差値情報から、学生時代のエピソード、そして女優として歩み始めるまでの道のりを詳しく掘り下げていきます。 彼女の選択の背景には、どのような思いがあったのでしょうか?一緒に見ていきましょう。

原日出子の学歴まとめ

まずは、原日出子さんの学歴を一覧で確認しましょう。専門学校に進学したものの、夢を追って中退するという大きな決断をされています。

出身専門学校・学科(日本工学院専門学校 ※中退)

原日出子さんは高校卒業後、1978年4月に日本工学院専門学校演劇科に進学しました。 日本工学院専門学校は、クリエイターやエンジニア、俳優や声優など、多様な分野のプロフェッショナルを育成する学校として知られています。専門学校のため、偏差値という指標はありません。

高校時代に演劇の魅力に目覚めた原さんにとって、専門学校での学びは夢への第一歩となるはずでした。

なぜ専門学校を中退したのか?劇団四季入所との関係

演劇への情熱を持って専門学校に入学した原さんですが、周囲の学生との意識の違いを感じ、物足りなさを覚えていたようです。 そんな中、担任の先生に相談し、通常は2年生から受ける劇団四季研究所のオーディションに、1年生ながら挑戦する機会を得ます。

当時の合格率は500倍とも言われる難関でしたが、原さんは見事に合格。 この合格を受け、原さんは劇団四季の研究生となる道を選び、日本工学院専門学校を1年生の途中で中退しました。

当時の心境について、インタビューでは「ダンスも歌も好きで『劇団四季がいいな』という憧れがあった」と語っていますが、実際には四季の舞台をほとんど見たことがなかったそうです。それでも、夢を掴むために大きな決断をしました。

中退後の進路(オーディション挑戦と女優デビュー)

大きな期待を持って入所した劇団四季研究所でしたが、原さんは歌のテストで基準点に1点足らず、わずか半年で研究所を去ることになります。 先生からは「君は四季には向かない。辞めてほかで頑張りなさい」と言われたそうで、この経験は彼女にとって大きな挫折であると同時に、反骨精神を育むきっかけになったと語っています。

その後はアルバイトをしながら女優を目指し、オーディションを受け続ける日々を送ります。 1980年にはテレビドラマ『特捜最前線』や『元気です!』に出演。後者ではヒロインオーディションで宮崎美子さんに敗れたものの、ライバル役として起用されました。

そして1981年、NHK連続テレビ小説『本日も晴天なり』のヒロインオーディションに合格。 この作品で主演を務めたことで一躍ブレイクし、国民的女優としての地位を確立しました。専門学校中退、劇団四季研究所からの挫折を経て掴んだ大きなチャンスでした。

原日出子の出身高校はどこ?

専門学校進学前に通っていた高校はどこだったのでしょうか。演劇に目覚めた大切な時期を過ごした高校時代を見ていきましょう。

東京都立久留米西高等学校・偏差値47・部活動

原日出子さんの出身高校は、東京都立久留米西高等学校(現:東京都立東久留米総合高等学校)です。 当時の偏差値は46〜47程度で、中堅の都立高校でした。

原さんはこの高校に2期生として1975年4月に入学し、1978年3月に卒業しています。 部活動が盛んな学校で、特にサッカー部は都立の強豪として知られていました。

高校時代のエピソード(演劇への目覚め、活発な学校生活)

高校時代の原さんは非常にアクティブで、サッカー部のマネージャーを務める傍ら、演劇部、映画研究部、ギター部などにも顔を出していたそうです。さらに生徒会の役員も務めるなど、学校生活を謳歌していました。

また、活発な一面もあり、ピンク・レディーの曲を覚えて昼休みに教壇で披露したり、高校2年生の時には友人たちとロックバンドを組んでボーカルを担当したりしていたというエピソードも残っています。

芸能界との接点(文化祭での演劇がきっかけ)

原さんが本格的に演技に興味を持ったのは、高校1年生の文化祭がきっかけでした。 演劇部の人手不足から照明係の手伝いを頼まれ、「楽しそうだな」と感じたことが始まりだったとインタビューで語っています。

この時上演した唐十郎の『少女仮面』は評判を呼び、他校からも上演依頼が来るほどだったとか。 この成功体験が、原さんを演劇の世界へと強く引き込み、後の専門学校進学、そして女優への道へと繋がっていきました。

中学・小学校などその他の学歴は?

女優としての原点を形作った高校時代以前は、どのような子供だったのでしょうか。中学校、小学校時代のエピソードを見ていきます。

武蔵野市立第四中学校・剣道部でのエピソード

原日出子さんの出身中学校は、武蔵野市立第四中学校です。1972年4月に入学し、1975年3月に卒業しました。 この中学校は公立校で、俳優の岸谷五朗さん、お笑いコンビ・ハリセンボンの箕輪はるかさんも卒業生です。

中学時代は剣道部に在籍。先輩に誘われて入部したそうですが、気が強い性格だったようで、男子の先輩部員と喧嘩をして退部に追い込んだ、という少し驚くようなエピソードも伝えられています。

小平市立小平第三小学校・子供時代の性格や家庭環境

出身小学校は、小平市立小平第三小学校です。1966年4月に入学し、1972年3月に卒業しました。俳優の小栗旬さんも同校の卒業生です。

父親は不動産会社勤務、母親は看護師でしたが、家庭は決して裕福ではなかったそうです。子供の頃の写真はあまりなく、銭湯代の8円をねだった際に母親が泣き出してしまった経験から、物をねだることを控えるようになったと語っています。

子供の頃の原さんは、歌ったり踊ったりすることが好きで、暗くなるまで一人で遊ぶ活発な子だったようです。生傷が絶えず、時には行方不明になって警察に保護されたこともあったとか。 また、小学5年生の時に7歳年上の異父姉を亡くすという辛い経験もしています。芸名の「原」は、そのお姉さんの名字から取ったものだそうです。

学歴から見える原日出子の人物像とは?

専門学校中退という経歴も含め、原日出子さんの学歴からはどのような人物像が浮かび上がるでしょうか。

行動力と強い意志(専門学校中退と劇団四季挑戦)

高校で演劇に目覚め、専門学校に進学したものの、より高いレベルを求めて難関の劇団四季研究所のオーディションに挑戦し、合格を機に中退を決意した点に、原さんの強い意志と行動力が表れています。 現状に満足せず、自ら道を切り開いていく力強さが感じられます。

夢への情熱と反骨精神

劇団四季研究所をわずか半年で去ることになった挫折は、彼女の反骨精神に火をつけました。 「四季には向かない」と言われた悔しさをバネに、オーディションを受け続け、朝ドラヒロインという大きなチャンスを掴み取りました。 一度決めた夢に対する熱い情熱と、困難に立ち向かう粘り強さが、彼女の女優としてのキャリアを支えてきたと言えるでしょう。

まとめ

今回は、女優・原日出子さんの学歴について詳しく見てきました。

  • 専門学校: 日本工学院専門学校 演劇科(中退)
  • 高校: 東京都立久留米西高等学校(偏差値47)
  • 中学校: 武蔵野市立第四中学校
  • 小学校: 小平市立小平第三小学校

高校時代に演劇に目覚め、専門学校へ進学。しかし、より高い目標を目指して劇団四季研究所のオーディションに挑戦し、合格を機に専門学校を中退するという大きな決断をしました。 劇団四季研究所では挫折も経験しましたが、その悔しさをバネにオーディションを受け続け、見事NHK朝ドラ『本日も晴天なり』のヒロインに抜擢されブレイクを果たします。

原さんの経歴からは、夢に対する情熱と、困難に立ち向かう強い意志、そして自ら道を切り開く行動力がうかがえます。

近年では、ドラマ『リバーサルオーケストラ』での好演も記憶に新しいですね。夫を支える優しい母親役が印象的でした。

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また、主演を務めた映画『鈴木家の嘘』では、その高い演技力が評価され、第33回高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞しています。家族の再生を描いた感動的な作品です。

監督:野尻克己, プロデュース:小野仁史, Writer:野尻克己, 出演:岸部一徳, 出演:原日出子, 出演:木竜麻生, 出演:加瀬亮, 出演:岸本加世子
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これからも、女優として、そして一人の女性として輝き続ける原日出子さんの活躍に注目していきたいですね。

俳優プロフィール

  • 氏名(フリガナ): 原 日出子(はら ひでこ)
  • 最終学歴: 日本工学院専門学校 演劇科 中退
  • 出身高校: 東京都立久留米西高等学校
  • 芸能界入りのきっかけ: 高校の文化祭で演劇に興味を持ち専門学校へ進学、在学中に劇団四季研究所に合格したことを機に女優の道へ。
  • 俳優の紹介: 1959年11月10日生まれ、東京都出身の女優、タレント。本名は渡辺法子(わたなべ のりこ)。アルファエージェンシー所属。 東京都立久留米西高等学校卒業後、日本工学院専門学校に進学するも、劇団四季の研究生オーディションに合格し中退。研究生としては半年で活動を終えるが、その後オーディションを経て女優デビュー。 1981年のNHK連続テレビ小説『本日も晴天なり』でヒロイン・桂木元子役を務め、一躍全国的な人気を獲得。以降、数多くのテレビドラマ、映画、舞台に出演。代表作にドラマ『3年B組金八先生』(第5〜7シリーズ)、『徳川家康』、『信濃のコロンボ』シリーズ、映画『Shall we ダンス?』、『鈴木家の嘘』(第33回高崎映画祭最優秀主演女優賞受賞)、『ポプラン』などがある。 温厚で誠実な人柄から、情報番組『はなまるマーケット』のレギュラーやバラエティ番組でも活躍。1994年に俳優の渡辺裕之さんと再婚し(2022年死別)、おしどり夫婦としても知られた。長年にわたり安定した演技力と親しみやすいキャラクターで、幅広い層から支持されている実力派女優である。

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