樋口幸平の意外な学歴!偏差値43の芦屋学園高校から専門学校へ、サッカー挫折と俳優転身のきっかけとは?

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スーパー戦隊シリーズ『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』の主人公・桃井タロウ役で鮮烈な印象を残し、ドラマ『体感予報』ではW主演を務めるなど、今注目の若手俳優・樋口幸平(ひぐち こうへい)さん。身長186cmという抜群のスタイルと爽やかな笑顔で人気を集めていますが、実はプロサッカー選手を目指していたという異色の経歴の持ち主です。

サッカー推薦で強豪校に進学し、卒業後はプロ育成選手として専門学校へ。しかし、怪我や挫折を経験し、全く異なる俳優の道へ進むことになりました。その劇的な転身の裏には、どのようなストーリーがあったのでしょうか?

この記事では、樋口幸平さんの出身高校や専門学校などの学歴を詳しく掘り下げるとともに、サッカーに打ち込んだ学生時代のエピソード、そして俳優になるきっかけまでを徹底調査。「偏差値43」とされる高校時代の実力や、知られざる専門学校での苦悩など、樋口さんの意外な一面に迫ります。一体どんな学生生活を送っていたのか、一緒に見ていきましょう!

樋口幸平の学歴まとめ

まずは樋口幸平さんの学歴を一覧で確認しましょう。サッカーに青春を捧げ、プロを目指した彼の学び舎と、その後の意外な進路についてご紹介します。

  • 出身専門学校: SC相模原プロフォーマンス・フットボールカレッジ
  • 出身高校: 芦屋学園高校(アスリートコース)
  • 出身中学校: 神戸市立葺合中学校
  • 出身小学校: 不明(神戸市内の公立小学校と推定)

プロサッカー選手を目指して専門学校に進学したものの、挫折を経て芸能界へ。その波乱万丈な経歴を詳しく見ていきましょう。

出身専門学校「SC相模原プロフォーマンス・フットボールカレッジ」での挑戦

樋口幸平さんは高校卒業後、大学には進学せず、プロサッカー選手になる夢を追いかけるため、2019年4月に開校した「SC相模原プロフォーマンス・フットボールカレッジ」に進学しました。

この学校は、Jリーグクラブ「SC相模原」が運営するプロサッカー選手育成を目的とした専門学校(21歳以下限定、在学期間1年)です。サッカーの実技トレーニングはもちろん、座学や海外でのプレーも視野に入れた英会話などの授業も行われる本格的な環境だったようです。

プロサッカー選手を目指した理由と挫折、知られざる苦悩

高校時代、強豪校でレギュラーとして活躍していた樋口さんは、卒業後もプロサッカー選手になる夢を諦めきれませんでした。当初は大学進学も考えていたそうですが、親を説得し、SC相模原のプロ育成選手として上京することを決意します。

しかし、そこは全国から実力者が集まる厳しい世界。「兵庫では自信満々でしたが、そんなサッカー少年たちが全国からチームに集まっていて、見事に自信を打ち砕かれました」と、TOWN WORKのインタビューで語っています。実力だけでなく、サッカーへの熱意の違いも感じたそうです。

さらに、「Jリーグの1番下のリーグ選手の給料、過酷さ、戦力外通告というこの5文字の恐怖。目の当たりにして自分がやっているスポーツはとてつもなく恐怖があるものだと知った時はプレーが悪くなっていった」とも明かしており、精神的なプレッシャーも大きかったことがうかがえます。追い打ちをかけるように腰を負傷し、プロへの道を断念せざるを得なくなりました。「ものすごくつらかったです」とその時の心境を語っています。

卒業後の進路:怪我とスカウトが導いた俳優への道

プロへの夢が破れ、父親との「プロになれなかったら地元に帰る」という約束もあり、失意のなか地元・神戸へ帰ることを決めた樋口さん。当時19歳(2019年11月)でした。

しかし、帰郷前に「最後に買い物をしよう」と立ち寄った渋谷・原宿で、人生の転機が訪れます。なんと、複数の芸能事務所からスカウトされたのです(提供された情報では8社とされています)。この経験が、樋口さんに「俳優」という新たな道を意識させるきっかけとなりました。

すぐに事務所に所属したわけではなく、自身で俳優について調べる中で、同じくサッカー経験者である竹内涼真さんに憧れを抱き、「竹内涼真さんのようなかっこいい俳優になりたい!」と強く思うようになったそうです。

俳優になる決意を父親に相談すると、当初は猛反対されたとのこと。しかし、何度も話し合いを重ね、「22歳までに結果が出なかったら帰ってくる」という新たな約束のもと、芸能界入りを許してもらえたといいます。その後、SNSでのアピールなどを経て、現在の所属事務所「ホリプロ」との縁につながりました。

樋口幸平の出身高校はどこ?サッカー強豪校での日々

プロを目指す礎となった高校時代。樋口さんはどこの高校で、どんな日々を送っていたのでしょうか。サッカー漬けだったという高校生活に迫ります。

芦屋学園高校(アスリートコース・偏差値43)での活躍

樋口幸平さんの出身高校は、兵庫県芦屋市にある私立の共学校「芦屋学園高校」です。本人は高校名を公表していませんが、高校時代のサッカーユニフォーム姿の写真が残っており、そのユニフォームが芦屋学園高校のものであることから、出身校と特定されています。

芦屋学園高校は、国際文化科、特進科、アスリート科、総合進学科の4つのコースを持つ学校です。樋口さんは、スポーツに特化した「アスリートコース」に在籍していました。各種入学情報サイトによると、アスリートコースの偏差値は「43」程度とされていますが、これはあくまで学力的な目安であり、スポーツ推薦などで入学する生徒も多いコースです。サッカー部は県内でも強豪として知られています。

高校時代のサッカー部でのエピソード(エースナンバー11番、仲間との絆)

サッカー強豪校である芦屋学園高校で、樋口さんはサッカー部に入部。ポジションはフォワード(FW)で、実力者がつけることの多いエースナンバー「11」を背負っていました。キャプテンを務めた時期もあるとの情報もあり、チームの 中心選手として活躍していたことがうかがえます。

高校時代はまさにサッカー漬けの毎日。部活の仲間たちとは非常に仲が良く、練習帰りには商店街の唐揚げ屋さんで買い食いするのが定番だったとか。

高校2年生の時には、こんな心温まるエピソードも。モデルプレスのインタビューによると、「凄く仲のいい友達にプレゼントしてもらったお財布はずっと使っています。サッカー漬けでみんなバイトもしていなかったのに、4人の友達がお金を出し合って、頑張って買ってくれたんですよ。それが本当に嬉しかった」と語っています。周りから「汚すぎ」と言われるほど、その黄緑色の財布を大切に使い続けていたそうです。

高校時代の忘れられない「本気の恋」とは?

サッカーに明け暮れた高校時代ですが、甘酸っぱい青春の思い出もあるようです。モデルプレスのインタビューで、高校時代に人生で一番の「本気の恋」を経験したと明かしています。

「僕が高校生のときに好きな先輩がいて、そのときが人生で一番“本気の恋”をしていたなと思います。好きだった期間もすごく長かったですし、『一緒にいたい』という思いも強くて、そのときが自分の中で一番真剣な恋でした」と語っており、一途な一面が垣間見えますね。ちなみに、好きなタイプは「何でも明るく笑ってくれる子」だそうです。

中学・小学校などその他の学歴は?

樋口さんのサッカー人生の原点ともいえる、中学・小学校時代についても見ていきましょう。

出身中学校:神戸市立葺合中学校と当時のエピソード(サッカー、意外なお笑い好きの一面)

樋口さんの出身中学校は、地元・神戸市中央区にある公立の「神戸市立葺合(ふきあい)中学校」です。これは、本名の若井晃平さん名義で過去に使用していたとされるX(旧Twitter)アカウントのプロフィールに「葺合」と記載があったことから判明しています。

中学時代もサッカー中心の生活で、学校の部活動には所属せず、クラブチーム「三宮フットボールクラブ」のジュニアユースでプレーしていました。

一方で、意外な一面も。中学生の頃からお笑いコンビ「ジャルジャル」の大ファンで、同級生とネタをコピーして遊んでいたことを明かしています。今の爽やかなイメージからは少し想像がつかない、お茶目な少年時代だったのかもしれませんね。

出身小学校(推定)とサッカーを始めたきっかけ(キャプテン翼への憧れ)

出身小学校については、公表されていません。しかし、出身中学校である神戸市立葺合中学校の校区から考えると、同じ神戸市中央区内にある「神戸市立雲中小学校」または「神戸市立春日野小学校」のいずれかである可能性が高いと言われています。

樋口さんがサッカーを始めたのは小学2年生の時。きっかけは、漫画『キャプテン翼』に登場するキャラクター「岬太郎」に憧れたことだそうです。この憧れが、将来プロサッカー選手を目指す大きな原動力となりました。

小学校時代は「三宮フットボールクラブ」に所属し、本格的にサッカーに打ち込みます。その実力は確かで、神戸市のU-10(10歳以下)トレセン(地域内の有望な選手を選抜し育成する制度)メンバーに選ばれた実績もあるそうです。

学歴から見える樋口幸平の人物像とは?

サッカー一筋の学生時代から、予期せぬ形で俳優の道へ。樋口さんの学歴と経歴からは、どのような人物像が浮かび上がってくるのでしょうか。

夢に一直線!目標達成への強い意志と行動力

小学2年生で抱いた「プロサッカー選手になる」という夢に向かって、小・中・高、そして専門学校時代まで、脇目も振らずサッカーに打ち込んできた樋口さん。強豪校でエースナンバーを背負い、卒業後には親を説得してプロ育成の道へ進むなど、目標に対する強い意志と、それを実現するための行動力は並大抵のものではありません。一つのことに情熱を注ぎ、とことん突き詰めるタイプと言えるでしょう。

挫折を乗り越え新たな道へ進む柔軟性と決断力

大きな夢であったプロサッカー選手への道が、怪我という不運も重なり閉ざされてしまった時の挫折感は計り知れないものがあったはずです。しかし、樋口さんはそこで立ち止まらず、スカウトという偶然の出会いをきっかけに、「俳優」という全く新しい目標を見つけました。

父親の反対にあいながらも説得し、未知の世界へ飛び込む決断をした柔軟性と精神的な強さも、彼の大きな魅力です。挫折をバネにして新たなステージへ進む力は、今後の俳優活動においてもきっと活かされることでしょう。

まとめ

今回は、俳優・樋口幸平さんの学歴と、サッカー選手から俳優へと転身した経緯について詳しくご紹介しました。

  • 芦屋学園高校(アスリートコース)でサッカーに打ち込み、エースとして活躍。
  • 卒業後はプロ育成の専門学校「SC相模原プロフォーマンス・フットボールカレッジ」へ進学するも、怪我と挫折を経験。
  • 失意の中、渋谷でのスカウトをきっかけに俳優の道を志す。
  • 憧れの竹内涼真さんを目標に、2020年に芸能界デビュー

サッカーで培った精神力と、挫折を乗り越えた経験を糧に、俳優として着実にステップアップしている樋口幸平さん。スーパー戦隊シリーズでの主演経験をバネに、今後どのような活躍を見せてくれるのか、ますます目が離せませんね!

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