俳優・タレントとして、ドラマ、映画、バラエティ番組のMCまで幅広く活躍されている小泉孝太郎さん。代表作には『ハケンの品格』『ブラックペアン』『警視庁ゼロ係』シリーズなどがあり、爽やかな笑顔と誠実な人柄で多くの視聴者から愛されています。
父が元内閣総理大臣の小泉純一郎さん、弟が衆議院議員の小泉進次郎さんという政治家一家に生まれたことでも有名ですが、孝太郎さん自身は俳優の道を選びました。そんな彼の経歴の中でも、特に学歴は注目を集めています。実は大学を中退して芸能界入りしたという経緯があり、「なぜ?」「どんな学生だったの?」と気になる方も多いのではないでしょうか。
この記事では、小泉孝太郎さんの出身大学や高校、中学、小学校といった学歴を詳しく掘り下げます。偏差値の情報(※当時の推定)や、野球に打ち込んだ学生時代のエピソード、俳優を目指すきっかけとなった出来事、そして知られざる家族との関係性まで、様々な情報をもとに彼の歩みを紐解いていきます。
小泉孝太郎さんがどのような青春時代を送り、現在の活躍に繋がっていったのか、一緒に見ていきましょう。
小泉孝太郎の学歴まとめ
まずは、小泉孝太郎さんの学歴を小学校から大学まで、順に見ていきましょう。学生時代の貴重なエピソードも交えてご紹介します。
出身大学:日本大学経済学部Ⅱ部(夜間部)中退(偏差値:当時45~50程度)
小泉孝太郎さんの最終学歴は、日本大学 経済学部Ⅱ部(夜間部)中退です。日本大学経済学部は東京都千代田区にキャンパスがあり、小泉さんが在籍していた当時のⅡ部(夜間部)の偏差値は、45~50程度であったと言われています。Ⅱ部は働きながら学ぶ学生も多い学部でしたが、2009年に廃止されています。
一部では「慶應義塾大学出身では?」という噂もあったようですが、これは父・純一郎さんの出身大学であり、孝太郎さん自身の学歴ではありません。
大学時代のエピソード(2浪、父・純一郎の言葉、アルバイト経験)
小泉さんは高校卒業後、2年間の浪人生活を経て日本大学に入学しました。
大学進学にあたり、父である純一郎さんからは「無駄に大学の4年間を過ごすんだったら、行かなくてもいい。やりたいことがあれば挑戦すればいい」という言葉をかけられたそうです。これは、型にはまらず自分の道を見つけることの大切さを伝える、父なりのメッセージだったのかもしれません。
大学時代は、学業だけでなく様々なアルバイトも経験。高祖父(ひいひいおじいちゃん)がとび職だったことから憧れ、ニッカポッカを履いて解体現場で働いたこともあるとか。また、友人の紹介でパンにひたすらバナナを乗せるアルバイトをしたというユニークな経験も、過去のインタビューで語られています。
当時は、偉大な父を持つがゆえの悩みもあったようです。デート中に父のポスターを見て「正気に戻った」と感じたり、合コンで名字を名乗りたがらなかったりしたこともあったとか。「横須賀の小泉」と言えばすぐに分かってしまうため、「違う小泉です」と答えたこともあったと明かしています。
大学中退の理由と俳優への道を選んだきっかけ
大学生活を送る中で、小泉さんは俳優という道へ進むことを決意します。
2000年、22歳の時に「21世紀の石原裕次郎を探せ」オーディションに応募しますが、残念ながら二次審査で落選。しかし、その翌年に父・純一郎さんが内閣総理大臣に就任すると、その話題性から複数の芸能事務所から声がかかり、芸能界入りを果たします。
このタイミングで日本大学を中退。芸能界入りという大きな決断について、父・純一郎さんは「孝太郎の人生だからやってみなさい」と背中を押してくれたそうです。
デビュー後は、同じ事務所(イザワオフィス)の先輩である、故・いかりや長介さんに師事し、演技や芸能界での心構えを学びました。いかりやさんは小泉さんを大変可愛がり、「出し惜しみせず、僕にすべてを注ぎ込んでくれた」と、小泉さん自身が感謝の言葉を述べています。
また、Wikipediaによると、X JAPANのYOSHIKIさんが「hide MUSEUM」でアルバイトをしていた小泉さんを見て、レコード会社関係者に「彼、芸能界に入れた方がいいよ」と推薦したというエピソードも記されています。
小泉孝太郎の高校時代
大学進学前の高校時代は、小泉さんにとってどのような時期だったのでしょうか。野球に情熱を燃やした日々を見ていきます。
出身高校:関東学院六浦高等学校(偏差値:当時54程度)
小泉孝太郎さんの出身高校は、神奈川県横浜市金沢区にある私立の共学校、関東学院六浦(むつうら)高等学校です。中高一貫校であり、小泉さんは中学から内部進学で高校へ進みました。弟の小泉進次郎さんも同校の卒業生です。
当時の偏差値は54程度と推測されていますが、これはあくまで目安となります。同校はキリスト教精神に基づいた教育を特色としており、ラグビー部などが強豪として知られています。
高校での部活動(野球部キャプテン)と挫折体験
高校時代の小泉さんは、硬式野球部に所属し、練習に明け暮れる日々を送っていました。ポジションはサードで、キャプテンも務めていたそうです。本気で甲子園出場を目指していました。しかし、高校2年生の時に椎間板ヘルニアを患い、野球を続けることが困難な状況に。高校3年生最後の夏は、腰の痛みでベンチ入りも叶わず、スタンドから応援団長としてチームに声援を送ったといいます。
この経験は、小泉さんにとって大きな挫折だったようで、「いまだに試合の夢を見る」「自分のなかにまだ完全に消えていない悔しさや後悔があるのかもしれない」と、朝日新聞EduAのインタビューで語っています。
野球中心の生活だったため、勉強は「100点中50点取れればいい」という考えだったそうですが、持ち前の集中力を発揮する場面も。学校全体の英単語テストでは、他の科目の努力をよそに、ダントツの1位を獲得。「お前はどうしてその集中力と努力を、普段のテストで出さないんだ?」と当時の担任の先生に言われたという、小泉さんらしいエピソードも残っています。
中学・小学校などその他の学歴
さらに遡って、小泉さんのルーツである中学・小学校時代についても見ていきましょう。家族との関係や、現在の彼を形作る原点が見えてきます。
出身中学校:関東学院六浦中学校と当時のエピソード(野球部、初恋)
中学校も、高校と同じく関東学院六浦中学校です。中学でも野球部に所属し、レギュラーとして活躍。部活動を通して、上下関係の厳しさやチームプレーの大切さを学んだと語っています。
この頃、多忙な父・純一郎さんから「親に話せないことは兄弟同士で相談するように」と言われ、弟・進次郎さんとの絆がより一層深まった時期でもあったようです。友人からは「君らの兄弟仲は異常」と言われるほど仲が良かったとか。
中学1年生の時には、初恋も経験。お相手は同級生の藤枝有貴子さんで、初デートでは映画『ゴースト』を友人たちと一緒に観に行ったそうです。しかし、周りに交際を知られるのが恥ずかしく、残念ながら数週間で別れてしまったとのこと。このことは後年、バラエティ番組『しゃべくり007』で明かされ、少し後悔している様子も見せていました。
小学校時代:関東学院六浦小学校と当時の家庭環境(父子家庭、野球少年)
小学校は、中高と同じ系列の関東学院六浦小学校に通っていました。神奈川県横浜市にある、自然豊かな環境の私立小学校です。
小泉さんは4歳の時に両親が離婚し、以降は父・純一郎さんと、父の姉(孝太郎さんにとっては伯母)である道子さんに育てられました。道子さんのことは「ママ」と呼んで慕っていましたが、実の母親ではないという事実は高校2年生になるまで知らなかったそうです。この事実は、道子さんの葬儀における父・純一郎さんの弔辞で明かされました。
また、離婚当時、実母である宮本佳代子さんのお腹には後の三男・宮本佳長さんがおり、佳代子さんのもとで育てられました。そのため、小泉兄弟は三兄弟となります。
野球好きの父の影響で、小学校時代から野球に親しみ、地元の少年野球チームに所属。弟の進次郎さんも同じチームで、練習中によく兄弟喧嘩をしてはコーチに仲裁されていたという微笑ましいエピソードも残っています。父・純一郎さんとも、よくキャッチボールをしたり、野球観戦に連れて行ってもらったりしたそうです。
学歴から見える小泉孝太郎の人物像とは?
これまでの学歴や学生時代のエピソードから、小泉孝太郎さんという人物について考えてみましょう。
挫折を乗り越え挑戦する芯の強さ
高校時代の野球部での経験は、小泉さんにとって大きな出来事でした。甲子園を目指して青春を捧げたものの、怪我によって道を断たれるという挫折。この悔しい経験は、彼の心に深く刻まれているようです。
しかし、その経験があったからこそ、困難に立ち向かう強さや、目標に向かって努力する姿勢が培われたのかもしれません。大学受験での2浪や、オーディション落選を経て俳優の道へ進んだ経緯にも、諦めずに挑戦し続ける彼の芯の強さが表れているように感じられます。
父の影響を受けつつも、自らの道を探求した決断力
偉大な政治家である父・小泉純一郎さんの存在は、彼の人生に大きな影響を与えてきました。大学進学時の父の言葉や、芸能界入りを後押ししてくれたことからも、その関係性がうかがえます。
一方で、「政治家はつらいぞ。ほかに夢中になれることを探せ」という父の言葉を受け止め、最終的には自ら俳優という道を選びました。政治家の家系というレールから外れ、自分のやりたいこと、情熱を注げることを見つけ出し、挑戦した決断力は、彼の個性と魅力の源泉と言えるでしょう。学歴や家柄にとらわれず、自分自身の人生を切り拓いてきた人物であることが伝わってきます。
まとめ
今回は、俳優・小泉孝太郎さんの学歴について、小学校から大学まで詳しくご紹介しました。
- 小学校: 関東学院六浦小学校
- 中学校: 関東学院六浦中学校
- 高校: 関東学院六浦高等学校
- 大学: 日本大学 経済学部Ⅱ部(夜間部)中退
野球に打ち込んだ少年時代、大きな挫折を経験した高校時代、そして自らの道を探し求めた大学時代と、彼の学生生活は決して平坦なものではありませんでした。父・純一郎さんの影響を受けながらも、最終的には自分の意志で俳優という道を選び、努力を重ねて現在の地位を築き上げました。
その誠実な人柄と、様々な経験に裏打ちされた深みが、俳優としての魅力に繋がっているのかもしれません。これからもドラマや映画、バラエティと多方面での活躍が楽しみですね。









