実力派俳優として、映画『壬生義士伝』やドラマ『ふぞろいの林檎たち』、近年では『記憶にございません!』など数々の話題作に出演し、NHK『サラメシ』のナレーションでもおなじみの中井貴一さん。名優・佐田啓二さんを父に持ち、その確かな演技力で長年日本のエンターテイメント界を支え続けています。
そんな中井さんですが、実は名門として知られる成蹊学園に小学校(※諸説あり)から大学まで通い、大学在学中に俳優デビューを果たした経歴の持ち主です。
この記事では、中井貴一さんの出身小学校・中学校・高校・大学の学歴情報を詳しくまとめました。テニスに打ち込んだという学生時代のエピソードや、俳優になることを全く考えていなかったという彼がデビューに至った意外なきっかけなど、輝かしいキャリアの裏側にある知られざる素顔に迫ります。
輝かしいキャリアを持つ中井貴一さんですが、学生時代はどのような青年だったのでしょうか?さっそく見ていきましょう。
中井貴一の学歴まとめ
まずは、中井貴一さんの輝かしい学歴を小学校から大学まで、一挙に見ていきましょう。
出身大学・学部・偏差値(成蹊大学 経済学部 偏差値58)
中井貴一さんの出身大学は、成蹊大学 経済学部です。 偏差値は58(※大手予備校データを参照。年度により変動あり)とされており、学習院大学や明治学院大学などと同程度のレベル感です。
成蹊大学は、三菱グループとの関連が深く、多くの著名人を輩出している名門私立大学として知られています。中井さんは内部進学でこの大学に進んでいます。
大学時代のエピソード(父の17回忌でのスカウト、俳優デビュー、学業との両立)
大学では経済学部に在籍していた中井さん。高校時代までテニスに熱中し、将来はコーチになることも考えていたほどで、俳優になることは全く考えていなかったそうです。
転機が訪れたのは大学在学中の19歳の時。亡き父・佐田啓二さんの17回忌法要の席で、映画監督の松林宗恵さんに「俳優にならないか」とスカウトされます。Wikipediaによると、中井さんは当時かなりの赤面症で、人前に出るのが苦手だったため、スカウトされた際は非常に戸惑ったといいます。
しかし、「父の後ろ姿を見てみたい」という思いや、母子家庭で育ち学費を自分で稼ぎたいという気持ちもあって、この誘いを受けることを決意。大学2年生だった1981年、松林監督の映画『連合艦隊』で俳優デビューを果たしました。この作品での演技が高く評価され、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞します。
さらに大学4年生だった1983年には、ドラマ『ふぞろいの林檎たち』に主演し大ブレイク。一躍人気俳優の仲間入りを果たしますが、学業も疎かにせず、きちんと単位を取得し、1984年に成蹊大学を卒業しています。
卒業後の進路や芸能活動との関連
大学卒業後、中井さんは本格的に俳優としての道を歩み始めます。 1988年にはNHK大河ドラマ『武田信玄』で主演を務め、平均視聴率39.2%という驚異的な数字を記録。その後も数々の映画やドラマで主演を務め、シリアスからコメディまでこなす演技力の高さで、日本を代表する俳優としての地位を確立しました。
大学時代の思いがけないスカウトが、その後の輝かしい俳優人生の大きなスタート地点となったのですね。
中井貴一の高校時代
大学で俳優としての才能を開花させた中井さんですが、高校時代はどのような生徒だったのでしょうか。
高校名・学科・偏差値(成蹊高校 偏差値68)
中井貴一さんの出身高校は、成蹊高校です。 こちらも中学校からの内部進学で入学しています。偏差値は68(※大手予備校データを参照。年度により変動あり)と高く、難関校として知られています。
古くから「お坊ちゃん学校」のイメージもあるようですが、多くの政財界人や文化人を輩出している名門校です。
高校での部活・思い出・交友関係(テニス部でインターハイ出場、当時の恋愛エピソード)
中学時代から引き続き、高校でもテニス部に所属していました。練習は中学時代よりもさらに厳しく長かったそうですが、テニスに熱中する日々を送ります。
その実力はかなりのもので、高校2年生の時にはインターハイ(全国高等学校総合体育大会)に出場した経験もあるほど。当時は本気でプロのテニスコーチを目指すことも考えていたそうです。
一方で、テニスに打ち込むあまり、学業の成績は少しずつ下がっていったとか。
また、当時から端正な顔立ちで人気があり、高校2年生の時には学校のマドンナ的な存在の女子生徒から告白されて交際していた、というモテエピソードも残っています。(※出典:トレタメ)
中学・小学校などその他の学歴
続いて、中井さんの義務教育時代、中学校と小学校についても見ていきましょう。
出身中学校と当時のエピソード(成蹊中学校 偏差値57、厳しいテニス部生活)
中井さんの出身中学校は、成蹊中学校です。 偏差値は57(※大手予備校データを参照。年度により変動あり)で、こちらも人気の私立中学校です。
中学でもテニス部に所属。入学してから1年間はラケットも握らせてもらえず、ボール拾いやコート整備ばかりだったという厳しい部活だったようです。その厳しさから、中学2年生になる頃には部員が20人から7人も減ってしまったと、インタビューで明かしています。
また、中学3年生の頃にはテニス部の後輩の女子生徒と交際していたそうです。この年には身長も1年間で15cmほど伸びたといいます。
小学校時代の性格・家庭環境など(世田谷区立八幡小学校、父・佐田啓二の早逝、質素な母子家庭)
中井さんの出身小学校は、東京都世田谷区にある世田谷区立八幡(やはた)小学校であるという情報が有力です。(※一部、系列の成蹊小学校出身という情報もありますが、ご本人の発言などは確認されていません)
中井さんは、父・佐田啓二さん、母、そして女優である姉・中井貴惠さんの4人家族でしたが、2歳の時に父・佐田啓二さんを交通事故で亡くしています。
そのため母子家庭で育ち、父親が遺した財産だけで生活していたため、暮らしぶりは非常に質素だったそうです。「洋服もドンドン買ってもらえるわけではないし、欲しいものを我慢するのは当然だと思ってました」と、当時のインタビュー(ライブドアニュースより引用)で語っています。
また、家庭では食事のマナーに非常に厳しく、肘をついて食べたり、食べ物をこぼしたりすると食事は終わり、お米一粒も残さないように躾けられたそうです。この経験が、食事への感謝の気持ちを育んだと語っています。
学歴から見える中井貴一の人物像とは?
成蹊学園で学び、大学在学中に俳優デビューした中井さん。その学歴からはどのような人物像が浮かび上がってくるでしょうか。
真面目さと努力家の一面(赤面症を乗り越え俳優へ、学業と仕事を両立)
Wikipediaによると、中井さんはもともと極度の赤面症で、人前に出るのが苦手だったといいます。そんな彼が俳優の道に進むことを決意し、見事にその才能を開花させた背景には、相当な覚悟と努力があったことがうかがえます。
また、大学時代に人気俳優として多忙な日々を送りながらも、学業をおろそかにせず、しっかりと卒業を果たしている点からは、彼の真面目で責任感の強い性格が見て取れます。
父を早くに亡くし、質素な家庭で育った経験も、彼の地に足のついた誠実な人柄を形成する一因となったのかもしれません。
進学歴と俳優人生の接点(大学時代のスカウトが大きな転機に)
もし中井さんが成蹊大学に進学していなければ、父の17回忌で松林監督と出会うことも、俳優としてスカウトされることもなかったかもしれません。
テニスに打ち込み、将来はコーチになることを考えていた彼にとって、大学時代のスカウトはまさに人生の大きな転機となりました。
その偶然の出会いを掴み、努力を重ねてトップ俳優へと登り詰めた中井さんのキャリアは、学歴や環境だけでなく、本人の強い意志と行動力がいかに重要であるかを物語っていると言えるでしょう。
まとめ
今回は、俳優・中井貴一さんの学歴について、小学校から大学まで詳しくご紹介しました。
- 大学: 成蹊大学 経済学部 (偏差値58)
- 高校: 成蹊高校 (偏差値68)
- 中学: 成蹊中学校 (偏差値57)
- 小学: 世田谷区立八幡小学校 (有力)
名門・成蹊学園で学び、大学在学中にスカウトされ俳優デビュー。赤面症を乗り越え、学業と両立しながら人気俳優となり、現在も第一線で活躍し続ける中井貴一さん。その輝かしい経歴の裏には、テニスに打ち込んだ青春時代や、亡き父への想い、そして真面目な努力家の素顔がありました。
今後の中井貴一さんのさらなる活躍からも目が離せませんね。










