【志尊淳】波乱の学歴!聖学院高校中退→日出高校卒、壮絶ダイエット&家出の過去も…大学進学しなかった秘話

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志尊淳さんは、ドラマ『烈車戦隊トッキュウジャー』や『半分、青い。』、『フェルマーの料理』、映画『帝一の國』などで活躍する実力派俳優です。その確かな演技力と爽やかなルックスで多くのファンを魅了していますが、その穏やかな雰囲気からは想像できない、波乱に満ちた学生時代が注目されています。

この記事では、志尊淳さんの学歴に焦点を当て、出身小学校から中学校、そして聖学院高校中退を経て日出高校(現:目黒日本大学高校)を卒業するまでの道のりを詳しくご紹介します。

なぜ大学進学を選ばなかったのか、18kgもの壮絶なダイエット、1年間に及んだ家出の真相、そして驚くほどのモテ期など、知られざるエピソードが満載です。彼の俳優としての原点や、困難を乗り越えてきた人間性に迫ります。一緒にその軌跡を辿ってみましょう。

志尊淳の学歴まとめ(高卒)

まずは、志尊淳さんの学歴を一覧で確認し、それぞれの学校や進路について詳しく見ていきましょう。

出身高校は聖学院から日出高校へ(偏差値・学科情報)

志尊淳さんの最終学歴は高校卒業です。

もともとは、中高一貫の男子校である私立聖学院高校(東京都北区)に在籍していました。聖学院高校は1903年開校のプロテスタント系のミッションスクールで、高校からの募集がない完全中高一貫校のため、偏差値は推定で57(中の上レベル)とされています。

しかし、芸能活動との両立が難しくなったことから、高校3年生の途中で聖学院高校を中退。その後、多くの芸能人を輩出している日出高校(現:目黒日本大学高校)の通信制課程(東京都目黒区)に編入し、卒業しています。日出高校の通信制課程には偏差値はありませんが、芸能活動を続けながら高校卒業資格を取得できる環境が整っています。

なぜ大学進学を選ばなかったのか?俳優への強い決意

高校卒業後、志尊淳さんは大学には進学せず、芸能活動に専念する道を選びました。

過去のインタビューでは「大学進学は考えていなかった」と明言しており、高校時代から俳優として生きていく強い意志を持っていたことがうかがえます。

ご両親もその決意を尊重し、「やるからにはしっかりやりなさい」と後押ししてくれたそうです。同時に「やめたくなったらやめればいいんじゃない?」というスタンスで、プレッシャーを与えすぎず見守ってくれていたようです。

俳優養成所在籍中から才能を発揮し、早くにデビューが決まったことも、大学進学を選ばなかった理由の一つかもしれません。

高校時代にデビュー!芸能界入りのきっかけ

志尊淳さんが本格的に芸能界を目指したのは高校生の頃です。

もともと街頭でスカウトされる機会が多かったことから芸能界に興味を持ち、まずは読者モデルとして活動を開始。その後、同年代の俳優たちとの出会いを経て、本格的に俳優を志すようになります。

そして、大手芸能事務所ワタナベエンターテインメントが運営する俳優養成所「ワタナベエンターテインメントスクール(WES)」に入学。当初は「部活の代わりの習い事」といった感覚だったそうですが、持ち前の真面目さでレッスンに打ち込みます。

その結果、入所からわずか3ヶ月で審査会1位を獲得。スタッフの勧めで受けたミュージカル『テニスの王子様』2ndシーズンのオーディションにも見事合格し、2011年、同舞台の向日岳人役で俳優デビューを果たしました。これは養成所でも稀なケースだったと言われています。

高校時代のエピソード|家出と俳優業の両立

俳優としての道を歩み始めた高校時代。そこには、学業との両立だけでなく、家族との葛藤や自立への強い思いがありました。

聖学院高校での部活動と球技大会MVP

中学時代は野球部で活躍した志尊さんですが、聖学院高校では部活動には所属せず、帰宅部でした。

しかし、高校3年生の時に行われた全学年・クラス対抗の球技大会(バスケットボール)では、クラスの中心となって団結し、見事優勝を果たします。志尊さん自身もMVPに選ばれる活躍を見せました。

「僕自身も『勝つ!』という強い気持ちを押し出して全力でプレーしました」 引用元:高校生新聞ONLINE

と語っており、何事にも全力で取り組む姿勢がうかがえます。

一方で、俳優の仕事が忙しくなり、「高校生活を満喫できなかった」とも述懐しています。学業との両立が困難になり、高校3年生の時に聖学院高校を中退する決断をしました。

日出高校(通信制)での同級生(川栄李奈)

聖学院高校中退後、編入した日出高校(現:目黒日本大学高校)の通信制課程では、後に女優として活躍する元AKB48の川栄李奈さんと同級生でした。

ただし、通信制ということもあり、毎日顔を合わせるわけではなかったため、高校時代にはあまり話す機会はなかったそうです。

ちなみに、同時期の日出高校(全日制)の芸能コースには、松岡茉優さん、朝日奈央さん、ももいろクローバーZの百田夏菜子さん、家入レオさん、元乃木坂46の西野七瀬さんなど、そうそうたるメンバーが在籍していました。

1年間の家出と自立への決意

志尊淳さんは高校時代、17歳の時に1年間もの家出をしていたことをトーク番組「A-Studio」などで明かしています。

家出の理由は、芸能界入りしてから家族とぶつかることが増えたことや、「自立しなければ」という強い気持ちの表れだったそうです。また、高校時代にご両親が離婚したことも、家族とのすれ違いに影響したのかもしれません(その後は母親に引き取られています)。

家出の際には、心配する祖母に「ごめん」とだけ告げて家を出たと語っています(モデルプレス記事より)。住民票まで自分で移し、約1年間、家族とは音信不通の状態で、アルバイトをしながら芸能活動と学業(通信制高校)を続けていました。

1年後に話し合いのために実家に戻った際には、母親も祖母も涙し、兄からは「母親泣かせるってどういうことかわかってるんだろうな」と殴られたといいます。それでもすぐには家に戻らず、「(芸能活動を)覚悟を持ってやらなきゃだめだ」と、俳優としての決意を新たにしたそうです(後に実家には戻っています)。

見た目の穏やかさとは裏腹な、強い意志と行動力を持つ一面がうかがえるエピソードです。現在は家族への感謝を度々口にしており、「30歳までに家族の家を建てたい」と語るなど、深い家族愛を持っているようです。

中学・小学校などその他の学歴|モテ期と挫折

俳優としての原点ともいえる中学・小学校時代。スポーツに打ち込み、大きな変化も経験したようです。

出身中学(聖学院中学校)と18kg減量ダイエット秘話

小学校卒業後、志尊淳さんは私立の男子校である聖学院中学校(東京都北区)に進学しています。この中学校へは中学受験を経て入学しました。聖学院中学校の偏差値は51(普通レベル)とされています。

中学時代は野球部に所属し、4番でキャッチャーを務めるなど、中心選手として活躍。当時は身長もまだ伸びきる前で、体重はピーク時で70kgを超えていたそうです。

中学3年生で野球部を引退した後、ダイエットを決意。きっかけは、お母さんに「1キロ痩せたら1000円あげるよ」と言われたことだったとか。お金が欲しかった中学生の志尊さんは、見事に18kg痩せて1万8000円を手に入れたとインタビューで語っています。

そのダイエット方法は、「ゼロカロリー飲料を飲んで、ところてんを食べて、ひたすら走る」というかなりストイックなもので、わずか2ヶ月で体重を52kgまで落としました(18kg減)。しかし、あまりの過酷さに倒れて入院する事態に。お母さんからも止められてしまったそうです。

夏休み期間に行ったため、休み明けに学校へ行くと、クラスメイトはその変貌ぶりに驚き、「脂肪吸引したのか?」と疑われたほどだったといいます。

このダイエット経験を機に体質が変わり、あまり太らなくなったとも話しています。

バレンタインチョコ40個!驚異のモテ期エピソード

ダイエットに成功し、見た目が大きく変わった志尊さん。中学時代には驚くほどのモテ期が到来します。

急に女子から優しくされるようになり、バレンタインデーには、友チョコなども含めて40個ものチョコレートをもらったことを明かしています。

さらに、当時は月に30人もの女子から告白されたり、バレンタインには他県から他校の女子生徒が会いに来たりすることもあったとか。まさに伝説的なモテエピソードですね。

ちなみに、中学時代にも芸能事務所からスカウトされていますが、その時はまだ自分に自信がなかったことや、「しっかり学んでから仕事をしてお金をもらうのが筋」という考えから、すぐには芸能界入りしませんでした。当時からしっかりとしたポリシーを持っていたことがうかがえます。

出身小学校(足立区立栗島小学校?)とやんちゃな子供時代

志尊淳さんの出身小学校は公表されていませんが、地元である東京都足立区内の公立校、足立区立栗島小学校である可能性が高いと言われています。

子供の頃からスポーツが得意で、小学校時代は野球と剣道に打ち込んでいました。特に剣道では、区の大会で優勝するほどの腕前だったそうです。当時の夢はプロ野球選手になることでした。

その一方で、小学校低学年の頃は「手に負えないほどのいたずらっ子」で、お母さんが毎日のように学校に呼び出されていたとか。「好きな女の子にすぐちょっかいを出すタイプ」だったとも語っています。

しかし、当時の恩師である小川先生が「愛があって、毎日目を見てちゃんとしかってくれた」おかげで、徐々に落ち着いていったと感謝の気持ちを述べています。

また、小学生の頃にご両親が離婚するという経験もしており、それが反骨精神につながった面もあったと、トーク番組「徹子の部屋」で語っていました。複雑な家庭環境と向き合いながら、活発に過ごした少年時代だったようです。

学歴から見える志尊淳の人物像とは?

これまでの学歴やエピソードから、志尊淳さんのどのような人柄や考え方が見えてくるでしょうか?

逆境をバネにする努力家?学歴に頼らない実力主義

聖学院中学校時代の18kg減量ダイエットや、高校時代の家出と学業・仕事の両立など、志尊さんの経歴からは、困難な状況や逆境に立ち向かい、目標達成のために努力を惜しまない努力家としての一面が強くうかがえます。

また、中学時代に野球部で活躍しながらも、学業成績が芳しくない時期を経て、猛勉強の末に学年トップ10入りを果たし、英検2級を取得したというエピソードも、彼の努力家ぶりを裏付けています。

聖学院高校を中退し、大学に進学しなかったという選択は、単に学業が苦手だったというわけではなく、早くから俳優という道で生きていく覚悟を固め、学歴よりも現場での実力や経験を重視する実力主義の考え方を持っていたことの表れと言えるかもしれません。

早くからの覚悟と俳優人生への強い意志

中学時代にスカウトされた際にも、「まずはしっかり学びたい」と考え、すぐに芸能界入りしなかった点や、高校進学後に自ら養成所に入り、基礎から演技を学んだ点からは、物事に真摯に向き合う誠実さと、俳優という仕事に対する早くからの覚悟が感じられます。

高校時代の家出経験は、家族にとっては心配の絶えない出来事だったでしょうが、彼自身にとっては、俳優として生きていくことへの強い意志を再確認し、退路を断って前に進むための重要な転機となったようです。

デビュー作となったミュージカル『テニスの王子様』や、ブレイクのきっかけとなった『烈車戦隊トッキュウジャー』での経験を経て、俳優としてのキャリアを着実に積み重ねてきました。その背景には、学生時代に培われた強い精神力と、目標に向かって努力し続ける姿勢があるのではないでしょうか。

まとめ

志尊淳さんの学歴と、そこから垣間見えるエピソードを振り返ってきました。

聖学院中学・高校から日出高校(通信制)卒業という経歴を持つ志尊淳さん。中学時代の壮絶なダイエットやモテ期、高校時代の家出と俳優デビューなど、穏やかな見た目からは想像がつかないような、波乱に満ちた濃密な学生時代を送ってきたことがわかりました。

大学進学を選ばず、早くから俳優としての覚悟を決め、努力を重ねてきたことが、現在の活躍につながっているのでしょう。困難を乗り越えてきた経験が、彼の演技の深みや人間的な魅力の源泉となっているのかもしれません。

志尊淳さんのブレイクのきっかけとなった『烈車戦隊トッキュウジャー』。初々しい演技とヒーローとしての活躍は必見です。

岡田将生さんとW主演を務めた映画『さんかく窓の外側は夜』。特殊能力を持つ青年という難しい役どころを見事に演じきっています。

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高橋文哉さんとW主演を務めたドラマ『フェルマーの料理』では、謎多きカリスマシェフ役で新たな魅力を発揮しました。料理シーンも見どころです。

これからも俳優・志尊淳さんの活躍から目が離せませんね。

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