この記事では、女優・高島礼子さんの学歴(高校・中学・小学校)や、元レースクイーンという意外な経歴、学生時代のエピソード、女優デビューのきっかけなどを詳しくご紹介します。大学に進学しなかった理由にも迫ります。
女優の高島礼子さん。映画『極道の妻たち』シリーズの4代目”極妻”として圧倒的な存在感を放ち、クールで芯の強い女性役からコミカルな役柄まで幅広く演じ分ける実力派として、長年第一線で活躍されています。
そんな高島さんですが、実は高校卒業後はOLやアマチュアレーサー、レースクイーンとして活動していたという意外な経歴の持ち主。 どのような学生時代を経て、現在の女優としての地位を確立されたのでしょうか?その背景にある学歴や経歴に注目が集まっています。
この記事では、高島さんの出身高校や中学・小学校時代の様子、当時の偏差値、そして大学に進学しなかった理由、さらには女優デビューの驚きのきっかけなどを、貴重なエピソードを交えながら詳しく掘り下げていきます。
知られざる高島さんの素顔や、その魅力のルーツに一緒に迫ってみましょう。
高島礼子の学歴まとめ(高卒)
まずは高島礼子さんの学歴を一覧で確認しましょう。大学へは進学せず、高校卒業後は一度就職されています。
- 出身大学: 進学せず
- 出身高校: 神奈川県立野庭高等学校
- 出身中学校: 横浜市立芹が谷中学校
- 出身小学校: 横浜市立芹が谷小学校
出身高校(神奈川県立野庭高等学校)・偏差値・学科情報
高島礼子さんの出身高校は、神奈川県立野庭(のば)高等学校です。 現在は統廃合により横浜南陵(よこはまなんりょう)高等学校となっています。
野庭高校は1975年に開校した共学の県立高校で、所在地は神奈川県横浜市港南区でした。 当時の偏差値については、情報源によって44(容易)または48とされています。
学科などの詳細な情報は不明ですが、高島さんは高校時代、特定の部活動には所属せず、いわゆる帰宅部だったようです。
なぜ大学進学を選ばなかったのか?(父との意見対立と自立心)
高校卒業後、大学へは進学しなかった高島礼子さん。その背景には、厳格な父親との関係があったようです。
父親は元高校教師で、後に大学で英語を教えていた教育者。高島さんには大学進学を強く勧めていたといいます。しかし、早く家を出て自立したかった高島さんはこれに反発。高校3年生の時には父親と大口論になり、「あなたと離れて生活がしたい」と言い放ったというエピソードも明かされています(出典:女性自身)。
厳格な父親からの独立願望が、大学進学を選ばなかった大きな理由の一つだったと考えられます。
卒業後の進路と芸能界入りのきっかけ(OL→レースクイーン→モデル→女優デビュー秘話)
高校卒業後、高島さんは大学には進学せず、横浜市内の自動車関連会社に就職し、OLとして3年間勤務しました。
元々車好きだった高島さんは、OL時代にアマチュアレーサーとしても活動を開始。21歳の時にはJAF公認の国内A級ライセンスを取得するほどの腕前でした(出典:Wikipedia)。
しかし、レース活動には多額の費用がかかります。その費用を捻出するため、1987年、23歳の時にOLを辞め、レースクイーンとしての活動を開始します。その後、芸能事務所に所属しモデル業を始めると、1988年、24歳の時にリクルートの求人情報誌「とらばーゆ」のCMで芸能界デビューを果たします。
このCMが大きな転機となりました。CMを見ていた俳優の松平健さんの目に留まり、「暴れん坊将軍III」への出演を直接依頼されたのです。これが高島さんの女優デビュー(御庭番・梢役)となり、本格的に女優の道を歩み始めるきっかけとなりました。
高校時代のエピソード
大学進学を選ばず、独自の道を歩み始めた高島礼子さん。その原点ともいえる高校時代は、どのような生徒だったのでしょうか?
部活(帰宅部)や学校生活での意外な一面(内向的ないじめられっ子から変化?)
高校時代の高島さんは、特定の部活動には所属していませんでした。 インタビューでは、当時を振り返り「すごく内向的で、自己主張しないタイプだった」と語っています。先輩から「生意気」と言われいじめられた経験もあり、長いものに巻かれておとなしくしていたそうです(出典:女性自身)。
一方で、厳格な父親への反発もあったのか、不良グループと交流し、家族が寝静まった深夜に家を抜け出し、原付バイクで仲間たちと走り回るというヤンチャな一面もありました。
内向的な自分を変えたい、自由になりたいという思いが、こうした行動につながっていたのかもしれません。
免許取得と中古車プレゼントのエピソード
車好きだった高島さんは、高校1年生(16歳)で原付免許、高校3年生(18歳)で普通自動車免許を取得しています。
18歳の誕生日には、母親が20万円の中古車(日産ラングレー)をプレゼントしてくれたそうです。当時、家に自分の部屋がなかった高島さんにとって、この車は「自分だけの場所」であり、心の拠り所だったと語っています。「ずっといじめられていた自分が、すごく自由で楽になれるのが車でした」とも話しており、車への強い思い入れがうかがえます(出典:女性自身)。
アルバイト経験(ガソリンスタンドなど)と女優業への影響
高校時代の高島さんは、自立のためアルバイトにも励んでいました。 近所のガソリンスタンドのほか、ダイエーの靴売り場やたい焼き売り場でも働いていたそうです。
特にガソリンスタンドでのアルバイト経験は印象深かったようで、「ものすごく私のエネルギーになっています」とインタビューで語っています(出典:スタリス☆横浜)。
また、当時の趣味は任侠映画や時代劇を観ること。制服姿で映画館に通い、特に『極道の妻たち』に代表されるような、強くて自立した女性に憧れていたといいます。この頃の経験が、後に『極道の妻たち』シリーズの4代目”極妻”を務めるなど、女優としての活躍に繋がっているのかもしれません。
中学・小学校などその他の学歴
続いて、高島さんの小中学校時代についても見ていきましょう。地元横浜で過ごした子供時代のエピソードをご紹介します。
出身中学校(横浜市立芹が谷中学校)と当時の様子(おとなしい性格、初交際)
高島礼子さんの出身中学校は、横浜市立芹が谷(せりがや)中学校です。 小学校に引き続き、地元横浜市内の公立中学校に通っていました。
中学時代も、小学校から続くおとなしい性格だったようです。自己主張せず、周囲に合わせていたと語られています。
中学3年生の時には、初めて男子生徒と交際し、初デートで映画を観に行ったという可愛らしいエピソードも明かしています。
ただ、厳格な父親の影響で家でテレビ(特に流行りの歌番組やバラエティ)をほとんど見せてもらえなかったため、学校での友達との話題についていけず、少し寂しい思いもしていたようです。
出身小学校(横浜市立芹が谷小学校)時代の性格・家庭環境(厳格な父、時代劇好き)
出身小学校は、横浜市立芹が谷(せりがや)小学校です。
高島さんは、父親(大学講師/元高校教師)、母親(会社員)、2歳年上の姉の4人家族の中で育ちました。
父親は非常に厳格で、テレビは「歴史の勉強になる」という理由で時代劇(『暴れん坊将軍』や『水戸黄門』)しか見せてもらえなかったそうです。お小遣いも「文房具以外、何にお金がいるのだ」と言って、ほとんどもらえなかったといいます(出典:ウーマンエキサイト)。この経験から、子供の頃から時代劇が好きになりました。
母親は会社員でしたが、病気がちで入退院を繰り返していたとのこと。 意外にも、子供の頃の高島さんは太っており、2歳年上の姉よりも体が大きかったため、姉が高島さんのおさがりを着ていたというエピソードもあります。
学歴から見える高島礼子の人物像とは?
大学進学を選ばず、OL、レーサー、レースクイーン、そして女優へと、異色の経歴を歩んできた高島礼子さん。その学歴や学生時代のエピソードから、どのような人物像が浮かび上がってくるでしょうか?
進学せず挑戦する行動力と芯の強さ
父親の意向に反して大学進学を選ばず、高校卒業後に就職して自立の道を選んだ点に、高島さんの強い意志と行動力が表れています。
OLからアマチュアレーサー、そしてレース費用を稼ぐためのレースクイーン、さらにモデルから女優へと、自身の興味や目標に向かって果敢に挑戦し続ける姿勢は、まさに彼女の芯の強さを示していると言えるでしょう。
学生時代は内向的だったと語っていますが、サーキットでの経験などを通じて人と触れ合う中で、強い女性へと変化していった様子がうかがえます。
学歴にとらわれない、経験を糧にするキャリア観の考察
高島さんの経歴を見ると、いわゆるエリートコースとは異なる、実社会での多様な経験を非常に大切にしていることが分かります。
OL時代の経験、モータースポーツへの情熱、人前に立つレースクイーンやモデルの仕事、そしてガソリンスタンドなどでのアルバイト経験。これら一つ一つの経験が、彼女の人間的な深みや、後の女優としての幅広い役柄を演じる上での大きな糧となっているのではないでしょうか。
厳格な父親への反発心も、結果的に彼女の自立心を育み、自分の力で道を切り拓く原動力となったのかもしれません。学歴だけでは測れない、経験に裏打ちされた魅力が高島礼子さんにはあります。
まとめ
この記事では、女優・高島礼子さんの学歴と経歴について詳しく見てきました。
- 最終学歴は神奈川県立野庭高等学校卒業。
- 大学へは進学せず、高校卒業後はOLとして就職。
- その後、アマチュアレーサー、レースクイーン、モデルを経て、「とらばーゆ」のCMでデビュー。松平健さんの紹介で『暴れん坊将軍III』に出演し女優デビュー。
- 学生時代は内向的な一面もあったが、車好きで行動的、時にヤンチャな部分も持ち合わせていた。
- 厳格な父親の影響や、病弱な母親を支えた経験などが、彼女の人間形成に影響を与えた。
学歴にとらわれず、自らの経験を糧にして道を切り拓いてきた高島礼子さん。その芯の強さと多様な経験が、女優としての深みと魅力に繋がっているのでしょう。
高島さんの代表作といえば、やはり『極道の妻たち』シリーズ。4代目”極妻”としての迫力ある演技は必見です。
また、時代劇での凛とした姿も魅力的です。『大奥 〜第一章〜』ではお江与の方を演じ、存在感を示しました。
さらに、映画『長崎ぶらぶら節』では、その高い演技力が評価され、第24回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞しています。
これからも、高島礼子さんのさらなる活躍から目が離せません。
俳優プロフィール
- 氏名(フリガナ): 高島 礼子(タカシマ レイコ)
- 最終学歴: 高校卒業
- 出身高校: 神奈川県立野庭高等学校(現:横浜南陵高等学校)
- 芸能界入りのきっかけ: OL、レースクイーン、モデル活動を経て、1988年に「とらばーゆ」のCMでデビューし、松平健の紹介で『暴れん坊将軍III』に出演し女優デビュー。
- 俳優の紹介: 神奈川県横浜市出身の女優。1964年7月25日生まれ。太田プロダクション所属。高校卒業後、OLとして働きながらアマチュアレーサーとして活動し、国内A級ライセンスを取得。レース費用捻出のためにレースクイーンとなり、その後モデル業を経て1988年にCMデビュー、同年に女優デビューを果たす。1999年から主演を務めた『極道の妻たち』シリーズの4代目”極妻”役で絶大な人気を博し、クールビューティーなイメージを確立。一方で、コミカルな役からシリアスな役までこなす演技派として、数々の映画やドラマで活躍。『長崎ぶらぶら節』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。近年もドラマ『大奥』『結婚できない男』『天地人』や映画、舞台など多方面で活躍し、その存在感を示し続けている。











