水上恒司の学歴|福岡工業大学中退はなぜ?野球特待生から俳優へ、創成館高校演劇部が原点となった秘話

高卒・中卒の俳優

今回は俳優の水上恒司さんについて、その輝かしいキャリアの原点となった学生時代を深掘りしていきたいと思います。わたくし佐藤まこと、水上さんの経歴を拝見し、そのドラマチックな道のりにすっかり心を奪われてしまいました。

この記事では、野球特待生として甲子園を目指した創成館高校時代、そして大きな転機となった演劇部への入部、福岡工業大学を中退して俳優の道を選んだ決断の背景に迫ります。

野球一筋だった少年が、なぜ演技の世界に足を踏み入れたのか。その裏には、恩師との出会いや、彼自身の真面目でひたむきな性格が深く関わっていました。水上さんの演技に深みを与えている「原点」を、一緒に探っていきましょう。

水上恒司の学歴まとめ|出身小学校から大学は福岡工業大学まで!

まずは、水上恒司さんの学歴を小学校から順に見ていきましょう。福岡で生まれ育ち、高校時代は野球に打ち込むために長崎へ。その一つひとつの経歴が、現在の彼を形作っているんですね。

出身小学校:福岡市立和白丘東小学校

水上さんの出身小学校は、地元である福岡市立和白丘東小学校です。

この頃から、きっと周りを惹きつける魅力があったのではないでしょうか。

出身中学校:福岡市立和白丘中学校

中学校は、福岡市立和白丘中学校に進学されました。

中学時代は野球部に所属し、この頃から本格的に野球に打ち込む日々が始まったようです。

驚くべきことに、中学1年生の時から芸能事務所にスカウトされ続けていたそうですが、当時は甲子園という大きな夢があったため、5年間も断り続けていたというエピソードには、彼の意志の強さを感じずにはいられません。

出身高校:創成館高校

高校は、野球の強豪校として知られる長崎県の創成館高校に、野球特待生として進学しています。

福岡を離れ、寮生活を送りながら甲子園を目指す日々。副主将も務め、その真面目な性格でチームを支えていたそうです。

しかし、3年生の夏に甲子園への夢が絶たれた後、彼の人生を大きく変える出来事が起こります。それが、演劇部への転身でした。

出身大学:福岡工業大学社会環境学部

高校卒業後は、福岡工業大学社会環境学部社会環境学科に進学されました。

しかし、高校時代の演劇部での経験が忘れられず、俳優への道を志すことを決意。この大学は中退されています。

一度は進学を選んだものの、自分の心に正直に、新たな夢へと舵を切ったその勇気ある決断に、胸が熱くなりますね。

水上恒司が俳優を目指したきっかけは校長の「演劇部スカウト」

水上さんの人生が大きく動いたのは、高校3年生の夏でした。甲子園への挑戦が終わり、燃え尽き症候群のようになっていた彼に声をかけたのが、創成館高校の奥田修史校長だったのです。

当時、演劇部が上演する戦争をテーマにした作品で、どうしても兵隊役が見つからなかったそうです。そこで校長先生が白羽の矢を立てたのが、水上さんでした。

これは絶対演劇の世界で僕は生きるんじゃないかな

校長先生は、水上さんの持つ「生まれ持つ真面目さ、ひたむきさ」に俳優としての素質を直感したといいます。この運命的なスカウトがなければ、今の俳優・水上恒司は存在しなかったかもしれません。まさに、点と点が線になるような奇跡の出会いですよね。

水上恒司の学生時代のエピソード|野球部時代は「追っかけファン」がいたイケメンキャッチャー

学生時代の水上さんは、そのルックスで圧倒的な人気を誇っていたようです。特に高校の野球部時代のエピソードは、本当にすごいんです。

2番手キャッチャーとして試合に出場すると、スタンドからは黄色い声援が飛び交い、「いろんな球場に行っても、水上君の追っかけのファンが望遠レンズ持って、たくさんいる」という状況だったとか。まるでドラマのワンシーンのようですよね。

また、中学校の卒業式では、父親の「第2ボタンだけでも…」という心配をよそに、袖のボタンやベルトまで無くなってしまったという伝説的なモテエピソードも残っています。

その真面目すぎる性格から、監督に「(主将にしたら)本人がつぶれる」と心配され副主将になったという話も、彼の人柄が伝わってきて、なんだか微笑ましくなります。

水上恒司の演技力の原点|創成館高校演劇部で基礎を築く

野球部を引退後、「まぁいいか」という軽い気持ちで入部した演劇部でしたが、水上さんの才能はここで一気に開花します。

『髪を梳かす八月』という作品で特攻隊員役を演じ、なんと九州大会で最優秀賞を受賞し、全国大会への切符を手にしました。わずか数ヶ月の経験でここまでの成果を出すとは、本当に驚きです。

当時の貴重な稽古映像では、慣れない発声練習に励む初々しい姿が残されています。水上さんはこの経験を通じて、「人によって態度を変える」こと、つまり人間が持つ多面性を理解することが、演技の基礎になったと語っています。

「大勢の人の前で演じる楽しさや歓声に心を動かされ『演技がしたい』という思いが強くなった」

この舞台での感動が、5年間断り続けた芸能界への扉を開く、最後の決め手となったのです。彼の俳優としての魂は、間違いなくこの創成館高校の舞台で生まれたのですね。

水上恒司の学歴は俳優業にどう活かされている?高校演劇での特攻隊員役が現在の戦争映画出演につながる

水上さんの学歴、特に高校時代の経験は、現在の俳優業に見事に直結しています。最も象徴的なのが、演劇部で初めて演じた「特攻隊員」という役です。

この経験は、後に映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』で再び特攻隊員を演じる際に、大きな深みを与えました。彼自身が「人生で初めての芝居を経験した」と語るこの役は、彼の俳優人生の原点であり、核となっていることが分かります。

また、野球部時代に培われた「手を抜くことができない」という真面目な性格は、プロの俳優となった今も貫かれています。デビュー当初から自分のセリフを録音して精度を上げる作業を欠かさず、全ての台本を保管し、役作りから反省までを綴った「演技ノート」をつけ続けているそうです。

このひたむきな姿勢こそが、彼の演技の説得力の源なのでしょう。野球部の監督から贈られた「人生に正解はないから、自分が選んだものを正解にしていくしかない」という言葉を胸に、彼はこれからも俳優道を突き進んでいくに違いありません。

まとめ

水上恒司さんの学歴を辿ってきましたが、その道のりはまさに一本の映画のようでした。野球特待生として甲子園という夢を追い、挫折を味わったからこそ、演劇という新たな光に出会えた。わたくし佐藤まこと、そのドラマチックな転身と、全ての経験が今の演技に繋がっているという事実に、深く感動いたしました。

特に、創成館高校の校長先生との出会いがなければ、彼の才能が開花することはなかったかもしれません。そして、野球部で培ったひたむきさが、俳優としての誠実な役作りに活かされている。学生時代の点と点が、見事に線となって現在の水上恒司さんを形作っているのですね。

福岡工業大学を中退するという大きな決断も、彼が自分の心の声に正直に向き合った結果なのだと感じます。これからも、その真摯な姿勢で私たちを魅了し続けてくれることを、心から楽しみにしています。

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参考文献

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